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大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)4862号 判決

原告 原昌男

被告 松下電器産業株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、申立

(原告)

被告は原告に対し金三七万六、九〇〇円および内金一二万九、七〇〇円に対する昭和四二年九月二三日以降、内金二四万七、二〇〇円に対する昭和四三年一二月四日以降各完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

(被告)

主文同旨の判決を求める。

第二、主張

(原告)

(イ)  請求原因

一、被告は、肩書地に本店を、また、全国各地に製品種目に応じた事業部と各種製品販売を担当する営業所を設けて家庭用電器製品の製造販売を営む株式会社である。

二、(一) 原告は、昭和二六年九月一日、被告の本社経理課に入社し、その後、第五事業所(大阪府東大阪市菱江一番地に所在し、現在は、照明器具事業部と呼称する。)経理課に転じ、さらに、同事業所営業課に移り勤務していたが、昭和三二年八月、松下電器産業労働組合(組合という。)の専従役員である。中央執行委員に就任したため休職となり、昭和三八年七月その地位を解任されるまで専従休職を続け、解任後は、従前の職場である前記照明器具事業部営業課に復職し、開発係の業務を担当していたところ、被告は、昭和三九年六月五日、原告に対し、原告を被告の北海道営業所に転勤を命ずる旨の意思表示(本件転勤命令という。)をした。

(二) そこで、原告は、大阪地方裁判所に対し、被告を被申請人として、本件転勤命令は、被告が、組合の中心的指導者の一人である原告が組合の照明器具支部における組合役員選挙に立候補する意図のあることを知り、原告が右支部の役員に就任すること、および、その後行われる組合大会において、原告が組合の本部役員である中央執行委員等に選出されることを妨げ、原告の他の組合員に対する影響力を減殺ないし除去することを意図して発令されたもので、組合運営に対する支配介入にあたるから、不当労働行為として無効であるとの理由を主張して、原告を被告の照明器具事業部勤務の従業員として取扱うよう命じる趣旨の仮処分を申請し、他方、原告が右転勤命令に遵うことを拒否するならば、被告が原告を解雇することが明らかであつたので、これを避けるため、一先ず被告の北海道営業所へ赴任することとした。

そうして、右事件は、大阪地方裁判所昭和三九年(ヨ)第二、二九六号地位保全仮処分申請事件として係属し、同裁判所は、昭和四一年六月二三日、原告の右申請を認容し、「被申請人(被告)は、申請人(原告)を被申請人(被告)照明器具事業部勤務の従業員として取扱え」との趣旨の仮処分判決(本件仮処分命令という。)を言渡した。

三、そこで、原告は、直ちに、被告に対し、本件仮処分命令を履行するよう要求したほか、その後も再三に亘り右同様要求したのにかかわらず、被告は、北海道営業所長訴外田井文夫および本社人事一部長訴外桑野泰治郎らを通じ、原告に対し、原告を被告の照明器具事業部の従業員として取扱う意思はなく、原告を右事業部に受け入れることはできない旨回答し、原告が、昭和四一年八月二二日以降現在に至る迄、本件仮処分命令により定められた原告の労務の提供をすべき場所である右照明器具事業部に出社して労務を提供しても、その受領を拒否して原告を就労させず、本件仮処分命令を無視した態度に終始している。

四、ところで、被告は、組合との間で、昭和四一年度下期、昭和四二年度上期、同年度下期、昭和四三年上期各一時金支給に関する協定をそれぞれ締結し、原告は、前記組合の組合員であるから右各協定の適用を受け、その定めるところにより、右各一時金の請求権を有するものである。

(一) そうして、昭和四一年度下期一時金支給に関する協定によると、右一時金の支給額は、一般賞与と特別賞与の合算額に出勤系数を乗じた額によることとし、一般賞与については、昭和四一年一〇月現在の本給に、右協定の配分表に記載の仕事グループ毎に定められた最高支給率と最低支給率の範囲内で査定を考課によつて行つた支給率を乗じた額、特別賞与については、基準内賃金(昭和四一年一〇月現在の本給、職務加給、家族給、セールスドライバー手当を合算したもの)の〇・三八ケ月分、出勤系数については、考課期間(昭和四一年四月一六日以降同年一〇月一五日迄)中の全出勤者を一〇〇%とし、その間の不在日数(欠勤、遅刻、早退、半欠等の私用不就業の欠勤換算日数、在籍していない日数および休職期間の合計であり、社員外従業員としての実務日数は、とくに、不在日数扱いとはしない。)に応じ、一日につき〇・五八%の率を控除した系数として、不在日数が一一二日以上の者の出勤系数は三五%とし、不在日数が一一一日以内の者の出勤系数は二四捨二五入により〇・五%単位にあらためる旨定められている(なお、右の計算方法により不在日数に応じて一時金の支給額を減額することを不在日数控除という。)

原告は、前記協定に記載の配分表の仕事グループF2に該当するところ、その最低支給率は、同表により二・八五と定められているから、原告の支給を受けるべき右一時金は、少くとも昭和四一年一〇月現在の本給金四万六、一〇〇円に右支給率二・八五を乗じた金一三万一、三八五円の一般賞与と原告の昭和四一年一〇月現在の基準内賃金五万一、二〇〇円(本給金四万六、一〇〇円、職務加給金三、五〇〇円、家族給金一、六〇〇円を合算したもの)に〇・三八を乗じた金一万九、四五六円の特別賞与の合算額金一五万〇、九〇〇円(原告は、右考課期間中の昭和四一年八月二一日迄は、被告の北海道営業所において就労し、同月二二日以降は、被告に対し、前記のとおり労務を提供しているのであるから、出勤系数を一〇〇%として算定したもの。なお、計算上は、金一五万〇、八四一円となるが、金一〇〇円未満切上げの慣行による。)である。

しかるに、被告は、原告が照明器具事業部に出社して労務の提供をした昭和四一年八月二二日以降同年一〇月一五日迄の間に三四日間欠勤したとして出勤系数を八〇・五%と算定し、原告に対し、前記金一五万〇、八四一円の八〇・五%にあたる金一二万一、五〇〇円(金一〇〇円未満切上げ。)を支給したが、残金二万九、四〇〇円の支給をしない。

(二) 次に、前記昭和四二年度上期一時金支給に関する協定によると、右一時金の支給額は、考課期間を昭和四一年一〇月一六日以降昭和四二年四月一五日迄とし、本給および基準内賃金の基準時を同年三月とし、特別賞与は基準内賃金の〇・三八ケ月分に金三、五〇〇円を加算するほかは従前の通りと定められている。

そうして、原告の前記基準日における本給および基準内賃金および原告の該当する仕事グループF2の最低支給率は前記(一)に記載するところと同じであるから、原告の支給を受けるべき右一時金は、少くとも、昭和四一年度下期一時金一五万〇、八四一円(但し金一〇〇円未満切上げの処理をしない額)に金三、五〇〇円を加算した金一五万四、四〇〇円(原告は、右考課期間中被告に対し前記のとおり労務の提供をしているのであるから、出勤系数を一〇〇%として算定したもの。なお、計算上は、金一五万四、三四一円となるが、金一〇〇円未満切上げの慣行による。)である。

しかるに被告は、原告に対し、原告が前記(一)同様照明器具事業部に出社して労務の提供をした前記考課期間の全期間にわたり欠勤したものとし、出勤系数を三五%として前記金一五万四、三四一円の三五%にあたる金五万四、一〇〇円(金一〇〇円未満切上げ。)を支給したが、残金一〇万〇、三〇〇円の支給をしない。

(三) さらに、前記昭和四二年度下期一時金支給に関する協定によると、右一時金の支給額は、考課期間を昭和四二年四月一六日以降同年一〇月一五日迄とし、本給および基準内賃金の基準時を同年一〇月とし、仕事グループ毎に定められた支給率を右協定の配分表記載のとおりとし、特別賞与は基準内賃金の〇・七五ケ月分とするほかは従前のとおりと定められ、また、前記昭和四三年度上期一時金支給に関する協定によると右一時金の支給額は、昭和四二年度下期一時金と同額とする旨定められている。

そうして、原告は、前記昭和四二年度下期一時金支給に関する協定に記載の配分表の仕事グループF2に該当するところ、その最低支給率は、同表により二・八七と定められているから、原告の支給を受けるべき昭和四二年度下期一時金は、少くとも昭和四二年一〇月現在の本給金五万一、四〇〇円に右二・八七を乗じた金一四万七、五一八円の一般賞与と原告の右基準時における基準内賃金五万六、九〇〇円(本給金五万一、四〇〇円、職務給金三、五〇〇円、特別給金四〇〇円、家族給金一、六〇〇円を合算したもの)に〇・七五を乗じた金四万二、六七五円の特別賞与の合計額金一九万〇、二〇〇円(原告は、右考課期間中被告に対し前記のとおり労務の提供をしているのであるから出勤系数を一〇〇%として算定したもの。なお、計算上は、金一九万〇、一九三円となるが、金一〇〇円未満切上げの慣行による。)であり、また、原告の支給を受けるべき昭和四二年度上期一時金は、少くとも右と同額の金一九万〇、二〇〇円である。

しかるに、被告は、昭和四二年度下期および昭和四三年度上期各一時金につき、原告が前記(二)同様照明器具事業部に出社して労務の提供をした前記考課期間の全期間にわたり欠勤したものとし、出勤系数を三五%として前記計算方法により一時金を算定し、原告に対し、右各一時金として、いずれも前記金一九万〇、一九三円の三五%にあたる金六万六、六〇〇円(金一〇〇円未満切上げ)をそれぞれ支給したが、右各残金の合計金二四万七、二〇〇円の支給をしない。

五、よつて、被告に対し、(1)、四の(一)記載の昭和四一年度下期一時金の残金二万九、四〇〇円、(2)同(二)記載の昭和四二年度上期一時金の残金一〇万〇、三〇〇円、(3)同(三)記載の昭和四二年度下期および昭和四三年度上期各一時金の残金の計金二四万七、二〇〇円の合計金三七万六、九〇〇円および右(1)(2)記載の各残金の合計金一二万九、七〇〇円に対する訴状送達の翌日である昭和四二年九月二二日以降、右(3)記載の各残金の合記金二四万七、二〇〇円に対する請求の趣旨拡張申立書送達の翌日である昭和四三年一二月四日以降各完済に至る迄民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

なお、被告は、本件仮処分命令が未確定であることを理由に原告の本訴請求が失当である旨主張するけれども、被告の右主張は、仮処分制度のもつ意義を誤解するものであつて、右主張が原告の本訴請求を排斥する理由となりえないことは明らかである。

(ロ)  抗弁に対する答弁、再抗弁

被告は、原告に対し自宅待機を申し渡した旨主張する。

しかし、原告は、被告から自宅待機を申し渡されたことはなかつたし、かりに右のような事実があつたとしても、右の措置は、仮処分命令の履行を不当に免れることを目的とし、他に何ら合理的な理由もないのにとられた措置であるから権利の濫用であつて無効である。さらに、右自宅待機の措置は、労働協約にそのような規定がなく、また、協約の他の規定をほしいまゝに類推ないし準用することは許されないから、労働協約に違反し、無効というべきである。

(被告)

(イ)  請求原因に対する答弁

一、請求原因第一記載の事実は認める。

二、同二の(一)記載の事実および同(二)記載の事実中原告が、大阪地方裁判所に対し、被告を被申請人として、原告主張の理由を主張して仮処分を申請し、右事件がその主張のとおり大阪地方裁判所に係属し、同裁判所が、これに対し、原告主張の日に右仮処分申請を認容し、その主張のとおりの本件仮処分命令を言渡したことはいずれも認める。

三、同三記載の事実中、原告がその主張のとおり被告に対し本件仮処分命令を履行するよう要求し、被告が原告主張の趣旨の回答をしたことは認める(なお、原告が、昭和四一年八月二二日以降被告の照明器具事業部に顔出している事実は認める。)が、本件仮処分命令により原告の労務を提供すべき場所が、右照明器具事業部と定められた旨の主張はこれを争う。被告が本件仮処分命令を無視した態度に終始しているとの主張事実は否認する。被告は、本件仮処分命令を可能な限り遵守する趣旨から、原告に対し、従前通り被告の従業員としての地位を認め、その賃金に見合う金額(昇給分も含む)を支給して来た。しかるに、原告は、昭和三九年七月二一日、被告の北海道営業所傘下の訴外北見ナシヨナル製品販売株式会社へ常務取締役として出向し、同会社の経営建直しにあたつた結果、本件仮処分命令が発せられた昭和四一年六月当時には、その最高責任者の地位にある原告の尽力により同会社の再建も漸く軌道に乗り始めたので、同会社の原告に対する期待は大きく、原告が同会社を去ることは同会社にとつて痛手であり、また、右仮処分命令が言渡された当時は原告が北海道営業所に転勤してから既に二年余を経過し、照明器具事業部には原告に与えるべき仕事がなかつたので、被告は、原告に対し、前記田井文夫、同桑野泰次郎を通じ、右の事情を説明したうえで前記の通り回答したのであるのに、原告は、右回答を無視して北海道営業所を去り、前記のとおり照明器具事業部へ顔出しているものである。

四、同四の(一)ないし(三)記載の事実中、被告が、組合との間で、原告主張のとおりの内容の各一時金支給に関する協定を締結したこと、原告が、右組合の組合員であり、右協定の適用を受けるものであること、右各一時金算定の基礎となる原告の一般賞与額、特別賞与額およびその算定の根拠が、いずれも原告主張のとおりであること、被告が、原告に対し、原告主張のとおりの不在日数控除をした金額の各一時金を支給したことは認めるが、原告が、被告照明器具事業部に出社して労務の提供をしたことを理由に原告の支給を受けるべき一時金は出勤系数を一〇〇%として算定すべきであるとの主張は争う。

五、同五記載の主張は争う。

本件仮処分命令は、原告の照明器具事業部における従業員たる地位を定めたものであつても、被告は、本件仮処分命令を不服として大阪高等裁判所に控訴し、現在、右控訴事件は、同裁判所に係属中である。したがつて、原告の前記地位は、未だ終局的に確定したものではない(むしろ、右のように本件仮処分命令については、現在係争中であることからすれば、原告は、被告の北海道営業所において、労務を提供すべき義務を有するものというべきである。)。しかるに、原告は、右仮処分命令によつて、あたかも被告の照明器具事業部の従業員としての地位が確定したとし、これを前提として本件一時金の請求をなすものであるから原告の本訴請求は失当である。

(ロ)  抗弁、再抗弁に対する答弁

原告は、前記のとおり被告の回答を無視して被告の照明器具事業部に顔出するので、被告は、企業秩序の混乱を避け、能率的業務の遂行を期するためには、かような係争中の従業員を右照明器具事業部において勤務させることが不適当であると判断し、昭和四一年八月二二日、原告に対し、照明器具事業部長を通じ、何分の沙汰あるまで自宅で待機するよう申し伝えた。ところで、一時金は、賃金とはその性格を異にし、業績の成果配分たる性格を有するものであるから、毎期の業績向上に果した貢献度に応じ支給されるべきものである。

そこで、被告は、原告の一時金算定につき、自宅待機を申し渡した全期間(但し、昭和四一年度下期一時金については三四日間、同四二年度上期、下期、同四三年度上期一時金については考課期間の全期間)について休職に準じ、不在日数控除をしたうえ、前記のとおり原告に対し各一時金を支給したものである。

なお、原告は、前記被告の自宅待機の申し入れが、権利の濫用である旨主張するけれども、右申し入れに至る迄の経緯に照らすと、右自宅待機の申し入れは何ら権利の濫用にわたるものではない。

また、右自宅待機の措置は、労働協約第八条第一項第六号第八号の規定を準用してとられたものであるから、協約の根拠を欠き無効であるということはできない。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、(一)被告が、肩書地に本店を、また、全国各地に製品種目に応じた事業部と各種製品販売を担当する営業所を設け、原告主張のとおりの営業を営む株式会社であること、原告が、その主張の日に、被告の本社経理課に入社し、その後、その主張のとおりの勤務場所で勤務していたこと、さらに、その後、原告主張の配転、専従休職の後、被告照明器具事業部営業課開発係の業務を担当していたこと、被告が、原告に対し、原告主張の日に、本件転勤命令を発令したこと。(二)原告は、大阪地方裁判所に、被告を被申請人として、原告主張のとおりの理由を主張して、原告を被告照明器具事業部勤務の従業員として取扱うよう命ずる趣旨の仮処分を申請し、右事件は、原告主張のとおり同裁判所に係属し、同裁判所は、原告主張の日に、右仮処分申請を認容し、「被申請人(被告)は、申請人(原告)を被申請人(被告)照明器具事業部勤務の従業員として取扱え」との趣旨の本件仮処分命令を言渡したこと。(三)被告が、組合との間で、原告主張の内容の昭和四一年度下期、昭和四二年度上期、同年度下期、昭和四三年度上期各一時金支給に関する協定をそれぞれ締結し、原告が、右協定の適用を受けるものであること、右各一時金算定の基礎となる原告の一般賞与額、特別賞与額およびその各算定根拠が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二、原告は、本件仮処分命令により定められた原告の労務を提供すべき場所である被告照明器具事業部に出社して労務を提供したのにかかわらず、被告はその受領を拒否したのであるから、原告は、出勤系数一〇〇%として算定した各一時金を請求する権利がある旨主張し、被告は、これを争うので検討するに、前記各協定の適用を受ける従業員が、被告の責に帰すべき就労拒否のため就労できなかつた場合には、前記不在日数控除の規定は、当該従業員には適用されないと解すべきであるから、原告が、昭和四一年度下期一時金の考課期間のうち同年八月二二日以降と、昭和四二年度上期、同年度下期、昭和四三年度上期各一時金の考課期間の全期間につき就労しておらないことは原告の自認するところであるけれども、右不就労が被告の責に帰すべき就労拒否による場合には、原告は、出勤系数一〇〇%として算定した各一時金の支払を請求する権利を有するものということができる。そうして、原告の右不就労が、被告の責に帰すべき就労拒否によるものといい得るためには、その前提として、原告が、債務の本旨に従つた労務の提供をすることを要し、右労務の提供は、勤務場所においてなすべきものであるところ、原告は、本件仮処分命令により定められたことを理由として原告の労務を提供すべき場所は、被告照明器具事業部である旨主張するのであるから、本件の争点は、先ず、本件仮処分命令が、本件において、原告の労務を提供すべき勤務場所を判断するについて、当裁判所を拘束するかどうかに存するわけである。

成立に争いのない甲第一号証によると、本件仮処分命令は、疎明によつて、本件転勤命令が不当労働行為として無効であることを理由に、原告に旧勤務地である被告照明器具事業部を勤務場所とする雇用契約上の権利があることおよび保全の必要性を一応認定し、当初から右転勤命令がなかつたと同様の原告の被告照明器具事業部勤務の従業員たる地位を仮りに定めたものであることが認められる。

したがつて、本件仮処分命令の形成力の作用により、あたかも一般の形成判決と同様に主文どおりの内容がそのまま具体化され、当初から転勤命令がなかつたと同様の原告の右事業部を勤務場所とする雇用関係を認めなければならない状態が現出することは否定できないとしても、本件仮処分命令は、原告に、被告照明器具事業部を勤務場所とする雇用契約上の権利があることの確認を求める本案訴訟を前提とし、これに付随して、右訴訟の完結に至る迄の一時的暫定的な原告の前記のような地位を定め、右地位に基づいて発生する具体的権利の実現を被申請人である被告の任意の履行に期待することを内容とし、その限度において一の仮りの地位を定めたものにすぎず、前記本案訴訟の判決が確定した場合に生ずる終局的確定状態と同一でないことは当然であるから、たとえ、本件仮処分命令が確定したとしても、原告に、被告照明器具事業部を勤務場所とする雇用契約上の権利があるか否かを判断するについて当裁判所を拘束するものではない。

そうだとすると、本件仮処分命令が存在することの一事をもつてしては、原告の勤務場所が、被告照明器具事業部であると断定できないことは明らかであり、他に、原告において、原告の労務の提供をなすべき勤務場所が被告照明器具事業部であることの主張も立証もしないから、たとえ、原告が、その主張のとおり前記不就労の期間、右事業部に出社して労務を提供したとしても、右労務の提供が債務の本旨にしたがつた労務の提供とはいえず、原告の右不就労が被告の責に帰すべき就労拒否によるものということもできない。

三、よつて、原告の本件各一時金残金の支払を求める請求は、その余について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 福家寛)

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